武士は食わねど高楊枝

2018⁄06⁄25(月) 00:00
一応頭ではわかっているつもりなのですがなかなか実践できない――というか
どうも 嫌味なところが抜けきっていないなぁという自覚があるので
少しだけアウトプットしてみたくなりました。 のっぴぃです。

なんというか ここ最近の私の「落ちぶれ」具合が半端ないです。

まぁ 自分でこう書くのも何かと思いますが 私今まで
あまり落ちぶれないで生きてこれるように自分でフィールドを選びながら生きてきていた
……意識的、無意識的にというのもあるのかもしれませんがそんな考察がたてられます。

ただ 今のこの生活では――そして、もしかするとこの先も――そのような甘えは
なかなか通用しないのではないか、ということに気が付いて愕然とするのであります。

そんな意味では今までは「適材適所」という言葉が好きだったのかもしれません。

例えば学校の授業でも半端なく苦手な英語の授業があり
それに関して言えば完全に落ちぶれていた、ということができるのですが
地理とか物理とか得意科目で頭角を現すことで何とかメンツを保っておりました。

大学の専門科目なんかこの最たるもので意図して自分の一番得意なフィールドを選んできた、
と言い張っても問題ないのかもしれません。

それに対してここ最近の私はこのような自由な選択ができなくなっていて
さらに スタートラインが異なるレース――私は専門知識が全く使えないが
すでに同期の中にはこの知識を持っている人がいるという当然の摂理――に対して
変なプライドのようなものを捨てることができずにいます。

……どう考えてもこれはやばい、といった危機感はまだ感じています。

まぁ 同期の中には私の二つ下――つまり、学部卒――という人も割といますし
それに対する年齢的アドバンテージみたいなのを勝手に感じているのかもしれませんし
なまじ神戸大学ってネームのある大学卒ということに胡坐をかいているのかもしれません。

……さらに、悪い意味で就活で何もかもがうまくいかなかった絶望感のようなものを噛んでいるのかもわかりません。

――結果的に自分でも驚きが隠せないレベルで研修の内容が頭に入ってこない。
そして 全く吸収できていないんだろうな、という自覚も一応、あります。

幸いなのはここまでのことは、自覚できていること。 不幸なのはここまでしかアウトプットできていないこと。
――これ以上のことは行動に映せるかどうか、かなり不透明であること。

「Fランでもトヨタに受かれる」「学歴なんて仕事は言ったら関係ない」などとよく言いますが
「その悪い例」というのを実演して見せている、そんな人間なのかもしれません。 今の私。

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