ふがいない。非常にふがいない。

2016⁄10⁄03(月) 21:56
なんか 今年でいなくなることを表明している先輩方が
一斉に「内定式だ」とか言って大学に出てこなかったこの日。

……なんてこと考えてみたら 自分の一年後が
どのような感じでなっているのかというのが
まったくだに想像できないなぁということを
漫然と考えていたりする……そして 驚くほど危機感がない。

ただし、今まで漫然と「博士課程行けたら面白そうだなぁ」とか
考えていたこともあったのですが……

……これを実際問題として考えようとしてみたときに
「果たして今の自分がそれに見合うだけの人材なのだろうか」
ということを考えてみたとき ここ最近特に
疑問符マークが濃厚になってきたような気がする。

……端的に言って 今までの自分は「勉強は、」ある程度
考えることができただけの人間だったんじゃないか。
(特に 一部の分野に関してはその「勉強」すらもおぼつかない。)

どうも のっぴぃです。 ほんとここ最近
個人的に英語に関する自分に関するあれこれが
ふがいなさ過ぎてとても悲しくなってくるわけでありまして。

……そして それにうつつ抜かしているから
――だけではないんでしょうね。

なんというか 文章の中から論点を抜き出して
それについて文章の中から抜き出せる情報を抜き出して
それを自分の中で消化する、みたいな力が
圧倒的に足りていないような気がするんです。

なんか 「英語読むのにいっぱいいっぱい」といった感じ。

要するに 論文読んでみてもその中から論点を引っ張り出して
吸収すべき情報がまったく吸収できていない。
――論点を理解できていない。 これでいいのか。

そして 何とか日本語に持ってきたとしても
その日本語訳を充てる間にいつの間にかできてしまった
一種の先入観にとらわれて なんというか
思い込みばっちりで理解へ持っていこうとしている?

……ここ最近の自分の周りで起こったことを考えてみて
そのような傾向があったりするんです。

自分にわかるような具体例を挙げてみるならば
例えば 和訳するためにわからない単語を英単語で調べます

……が その時に例えばスペリングを間違えるとそのまま
その間違えたスペリングを入力して検索かけてしまう。

……その間違えた先の語に意味がなければさすがに気が付きますが
そうではない場合 似て非なる語を用いてそのまま和約に取り組み続ける。

――そして 文章に違和感を感じたときには どちらかといえば
語を調べなおすよりも 和訳のほうをいじって何とか文章に
つなげていこう、みたいな変に頑固なところがあるようで。

……自分の間違いを認めていこうな?
――とか考えてみたら なんか 過去昔からこのあたり
なかなか認めようとしないような節が英語の検索ミス以外にも
ちらほらと見られるような気がしてきて……

まぁ この類の話はまだ長くなりそうなのでネタがなさそうなときに
自分のふがいなさその他に関してぶちまけて考えていきたいなぁと思います。

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