うるう年

2020⁄02⁄29(土) 00:00
今年は2020年。

4の倍数であり100で割り切れない年の2月はうるう年であり
今年、今日は4年に一度しかやってこない特別な日です。

――何というか 2/2や2/20、2/22など 考えてみたら
今年の2月はやたら日付ネタで勝手に盛り上がっていたような気もしますが
今日も今日とて似たようなお話でアイスブレイクであります。

さて そんなうるう年の今日、のっぴぃさんがどんなことをしていたかといえば
――まぁ ある意味記憶に残る出来事がありまして
メンタルブレイクしてふて寝して 気が付いたら一日が終わりそう、そんな感じです。

おかしいなぁ、ふて寝に入ったのが昼過ぎだったはずなのに
気が付いたら22時台の時刻を時計がさしているぞ?
うるう年の一日の太陽はいずこに?

まぁ 自分でいうのも何かと思いますが 私はかなり
メンタルの強度が弱い人間であります。

とはいえ そのあたりをうまく折り合いつける方法を学ばないといけない、
というのも これまた真実なんだろうな~  と思う今日この頃であります。



私はかなり慎重な類の人間です。

――石橋はたたけるだけたたいていきますし
思いつくだけの避難経路をシミュレーションし、
有事の時には真っ先に逃げ出す算段が付いてから動き始めます。

まぁ 人によってはそれを臆病者、というのかも知れません。

でも できないことをむやみに引き受けて爆散したり
危険だとわかっているのに予見できる危険に飛び込んで
予期できたけがを負う、というのはなかなかに愚かな行為だと思いますし
避けれるけがをする羽目になるくらいなら臆病者と呼ばれた方がましだと思います。

――呼ばれるだけ、ならばね。

まぁ 人にとって何をリスクととるかは人それぞれだと思うので他人が何をやることにも
文句を言う筋合いはないとは思いますが――
往々にしてそれが通じないのが人の世なんですよね。 困ったものです。

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かごの中身

2020⁄02⁄28(金) 00:00
ふと 自分がスーパーなどでレジにかごを持っていくときに
学生時代と今とで割とかごの中身が違うなぁ、ということをふと思いました。

まず 学生時代は圧倒的に野菜や肉などの原料が多かった。

まぁ 味付き肉、みたいな「焼くだけ」みたいな食品もあったので
一概に食材ばかり、と言い切ることもできないのですが
考えてみるとこっちのスーパーは味付き肉もめったにおいていないし、やたら高い。

これも 社会人になってからの私が料理から縁の遠い生活に
なってしまった一つの要因なのではないかと考えています。

あと 圧倒的に大きな原因は「食器を乾かす場所がない」という事実。

あとは よくかごの隅に収めているお菓子の類の変わったなぁと思います。
――最近は私 くろかりんとうにハマっておりまして。

学資時代は男の子にありがちなポテチの類を大量食いしておりましたが
最近はその手の類をあまり食べることがなくなりました。
――まぁ おやつ時にお菓子食べられる環境にいることが減った、というのもあるかもしれませんが。

なんか 気になった時にはこの類をぽりぽりと齧っている気がします。
――なんか イライラした時には無性に甘いものを食べたくなるんでしょうね。

あと ちょっと 牛丼屋の類に行く機会が増えた影響か
その味付け――割と塩辛い――というものから離れたい、
というのも のっぴぃさんのポテチ離れにつながっているのかもしれませんね。



お菓子といえば。 私の母は無類のお菓子好き。

私や妹が実家にいる時には子供の成長のために控えていたようですが
子供がいなくなると「飯を抜いて菓子を食う」という
不健康待ったなしの生活をすることがまれによくあるそうです。

……という ハチャメチャなことをやっている割には
年代の割に太っていないという大いなるなぞもあるわけですが。

まぁ 生活から大いに車を遠ざける生活している両親のことですし
このあたり――定期的に体を動かす――というのが大きく聞いているのかもしれませんね。
私もこの辺気を付けなくては。

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不快な事

2020⁄02⁄27(木) 00:00
あくまでも個人的な趣味趣向の話だけれども、と前置きを置いたうえで。

自分が思った以上に私が拒否反応を示す展開があるということを知りました。
――人に「あえて変な恰好を自分の意志の外でやらせ、それを笑いものにする」という行為。

……あまり詳しい内容を書いてしまうと半分胸糞悪く、
半分周囲に迷惑が掛かりそうな気がしたのでなんというか
「書けている範囲で察してね」みたいな形になってしまうのですが
なんというか 先日そのような場に居合わせることになりましてね。

皆は言うんです。 「罰ゲーム」だと。

いや、たかがゲームなどで負けたくらいで周囲にどんな悪いことがあったのか?
しかも その中で笑いものにする、というのは何なのか? と思うわけです。
……いや、必要以上にそう思ってしまっているという認識はありますよ?

まぁ 別の言い方をしますと私が過去いじめられっ子であったという事実。
そして、冗談が通じない人間性であるという事実。
さらには バラエティ番組などと縁のない生活をしていたがゆえに
ひな壇芸人のいじり、というものと触れずに過ごしてきたというのが大きいのだと思います。

故に、すべてをまともに受け止めてしまい 「いじる中での愛」というものがわからない。

逆に 似たような行為で不快な思いをしてきた生活が強かったせいで
どうもそちらの記憶と結合してただただ嫌悪感だけが広がっていく、と。

――まぁ そうは言えども 中学生時代親の目を盗んで
「エンタの神様」を見ていたこともあり 「笑わせるために頑張る」人たちというのは
それなりに触れながら成長してきたつもりであります。

故に あえて道化たりそのための裏の努力をする、そしてそれを披露するというのは
積極的に応援したくもなりますし その場の空気に乗る努力も
真面目一辺倒な私なりにお付き合いするつもりです。

まぁ そんな「人を笑う行為」に対して自分が無意識的に線引きをして
対称的な評価をしている、というのはつい最近自分でも分かったこと。
そして、大体の人にはそれを伝えることなんてできないでしょう。

――これからの人間づきあいを積むうえではこのあたり
いい塩梅でやりくりしていかないといけないんでしょうね。

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動物園(ver 2.0.0.5)

2020⁄02⁄26(水) 00:00
ちょっと昨日の話の流れでまた、しゃべりたいスクショでも貼りながら
テキトーなコメント入れておしゃべりしてみたいな~  って思います。

動物園(17)動物園(18)
我が動物園サバンナの一幕。 キリンとかって長い首をこうやって
リアルでも寝ていると聞いたこともあり、なんというか「首釣りそうだな」と
この手の絵を見ているときに毎度思うわけであります。

あと 気が付いたら生まれていたアルビノ君。
なんか アルビノって結構レアな真っ白な動物、ということみたいなのですが
ほかにもアルビノのクジャクが出てきたところを見たことありますし
なんか 妙に遭遇率が高いような気もするんですよね~

動物園(19)動物園(20)
獣医さんが駐在する動物病院エリアについて。
基本的にはでっかい担架みたいなのに動物を載せているのですが
なんか ごっつい動物が対象になってしまうとこうやって
地べたに直に動物を寝かせて治療することになるようです。

――なんか、どうも扱いが雑なような気がしてしまうのはなぜなのでしょうか。

動物園(21)
そのほか じっくり観察できる施設といえば飼育員が餌を調合したりするこの施設でしょうか。

複数の飼育員さんがゴリゴリと食べ物を用意したりする光景を見ると妙化感慨があるものです。

動物園(22)
ある種このゲームのバグのようなものだとは思いますが
このお客さんたち、建物などを無視して動物の柵との距離で
景色判別する傾向があるようで なんというか
「シロクマを観察している(建物を透視しながら)」という
妙な光景がここで完成してしまった模様です。

――何と滑稽な事か。

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マンネリ趣味

2020⁄02⁄25(火) 00:00
さて 動物園制作あたりが若干マンネリ化してきた
――正確に言えば新しい追加コンテンツがなかなかやってこないことに
多少業を煮やしてきた――ということもあり
なんか 面白そうなゲームないかな~  と スチームをあさったりしている今日この頃。

まぁ この際なのでここ最近ののっぴぃさんの動き的に
すき好んでいるようなゲームのお話でもしてみましょうか。

とりあえず 主にやっているのはシミュレーションゲーム。
何か物を作ってそれが動いているのをぼーっと眺めているのが好きです。

基本的にはだれかと一緒に物をやる、というものではなく
自分の世界を創造する、といった方向性に興味の矢印が向かっているのを感じます。

あとは それなりのリアリティがあるものでないと没頭できないようです。
なんか 2Dの割と構造が簡単なゲームだとすぐに飽きる傾向が。

そして なんか「やりたいことをやる」という方向性に相当シフトしているようで
割と「経営基盤を考えながら」という観点で
マネジメントをはなからやりが足らない、という傾向があるようです。

これってもしかして、財政状態とか考えないで
自分のやりたいことを自分のやりたいようにやる、という
人間性的にあまりよろしくないサインの類だったりするのでは?

と 時たま思ったりするのですがこのあたりの趣味嗜好って
外部的要因で訂正するべきものだったりするんでしょうかね?



あと 基本的に気になるゲームはYouTubeの実況動画なんかで
探して見つけてくる、というパターンがなかなかに多いような気がします。

そんな意味でも 昨年十一月ごろに画策していたインフルエンサーになりたいと
動画制作を勉強してみた、ということを実践出来たらよかったのですが……

PCのスペック的に難しかったのであればそれはそれで仕方ないよね、うん。

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気疲れもありました。

2020⁄02⁄24(月) 00:00
まぁ 内心楽しみながらレクチャーやらなんやらやっていたのっぴぃさんですが
やっぱりというかなんというか 人に教える、ということをやっているときは
相手を楽しませる、怖がらせてはいけない、ということが第一前提。

そのうえで 自分の安全だけでなく人の安全のことにピリピリしていると
どうも気疲れが増してしまうようで 宿での夜ではぐっすりでした。

……その日、移動のために朝が早かった、という言い訳もあるにはあるのですが
それを加味してもなかなか早いタイミングでの就寝芸。

で 私が寝落ちしている間にもなんというか 「酒盛り」のようなものが行われていた
――大人の人間がこぞって旅行すると夜はどんちゃん騒ぎするというのが
毎度恒例なんですね。 初めて知りました――ようですが
それには見事に参加することができず。

まぁ ノリが悪い、なんて思われかねないわけですがこればっかりは言い訳のしようもない。

――まぁ 平時から寝落ちが多いのっぴぃさん。
やっぱり メンタルの体力をつけるのが一番早いものなのでしょうか。



長野05長野06
最後 軽く画像使いながら雑談でも。

スキー場恒例、とりあえずロッジで出てくる安っぽいカレー。
――とはいえ、これが妙においしく感じてしまうのは白い冷たい粉(雪)のせいなんだろうね。

さて やっぱり長野、ということもあってかスキー場のメニューに
これでもかとばかりにりんご押しがあったような気がする今回のスキー場。

まぁ 旅行好き、ということもありこのリンゴをやたら周囲に押していた身としては
このようにナチュラルな流れでリンゴがご登場してくれるというのは
なかなかにありがたいものなのだろうなぁと。

あと、駅そばクオリティですが 長野のそば、しっかりいただきました。
――基本 今回は団体行動多めだっただけにこっそり食べられる信州らしさ、というのは
なかなかに無理があったように思える今日この頃であります。

長野07
長野駅の中で見つけて飲んでみた甘酒カクテル。 ブルーベリー味。
普通の甘酒と違ってクリーミーな感触がくっついていて面白い味。

ショウガ以外にもおいしい組み合わせ。いいですね。

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レクチャー

2020⁄02⁄23(日) 00:00
前回のお話。 ボッチが初めて家族以外の人間とスキーに行ってきたよ。

さて そんな人間が今回一番楽しかったのは「教える」ということ。
そもそも論として スキーなるものを始めるきっかけというのは
今の関東圏に住んでいる人間にはちょっと辛いものもがある今日この頃。

今回の旅行でもやはりというか スキー初体験の方がいらっしゃったわけです。

で 今回の私はこの人たちにゲレンデの楽しさを伝える仕事を拝承しました。

とはいえ 自分は板が二本あるスキーであるのに対し
教えなければいけないのはスノーボード。
……最近の若い子たちはみなスノーボードやりたがるからね、仕方ないね。

一応私自身もボードを乗ってみたことがあるのですが
どうも 板二本のほうが個人的にしっくり来たので長続きはしませんでした。

とまぁ そもそもやっていることが違う、ということもあり
どこまで教えることができるのかわかりませんでしたが 実際に蓋を開けてみたところ
板のエッジに体重を任せて滑り降りる、という
基本的な動きに大きな違いはなく 思ったより楽しく教えることができました。

素直に私のレクチャーを聞いてくれた方がどう思ったかはわかりませんが
私自身としても 自分がどんなふうに滑ればいいのかというのを
改めてアウトプットする作業の中でいろいろと頭の整理が付きましたし
なかなか良い機会を得ることができたと思います。

そして何より 今回初めて板を担いだという人間が
多少でも板をまっすぐにして滑り降りることができるようになったのを見ると
教えた側の達成感を得ることができましたし これがなかなかに気持ちがいい。

……自分自身のプレーはなかなか客観的に見ることはできませんが
たまにはこうして 人に教えることで見えてくるものを探してみる、
というのもいいのかもしれませんね。

なお なんだかんだでこの旅行終了後 私が教えた子は見事に
「冷たくて白い粉」のとりこになってしまったようで
また この吹きあがることでハッピーな気持ちになれる粉が積もった山へ
リピートしてくれる、なんて宣言してくれましたよ。

基本ボッチのスキーヤーのっぴぃさん、心の中でサムズアップ。 やったぜ。

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長野で雪と。

2020⁄02⁄22(土) 00:00
今年は記録的に雪が少ないということもありましてなかなかスキーに
出かけることができなかったのですが さすが一年で一番寒い日の多い
二月、という形になってきますと こう いろいろと
スキーに出かける機会を得ることもできるようになってまいりまして。

長野01長野02
とりあえず 今回は板を片手に長野までやってまいりました。

一応私も実家にいる頃は長野や新潟を中心とした
あちらこちらのスキー場に行っておりますので このこと自体は
特段に新しい体験、というわけでもないのですが。

とはいえ、基本的に「一人で」「日帰り」スキーをここ最近は
やりまくっている(≒やらざるを得ない)私にとって
今回社会人になって初めて「誰かと」「泊りがけ」で滑る機会を得ました。

なんか 自分でこう書いていてなかなか悲しいものもあるのですが……

まぁ こんな展開になってしまうのにもそれなりに訳がありまして
「一人で」やらざるを得ないわけは簡単な話、
私の友人が基本的にインドア派で アウトドアに出て遊ぶのに付き合ってくれないから。

何度か様々な友人に声掛けしたのですがことごとく断られました。
――ゲームセンターには来るんだけどね()

後者は単純にお金の問題。 泊りがけ、できるならやりたいですよ(血眼)

長野03長野04
ゲレンデの状態は――それなりに滑れる場所を探してみたものの
やっぱりというかなんというか 感覚に比べてかなり雪は少ないなぁという印象。

一部 地肌が出てきそうなそんな場所も散見されました。

そして 一日目は最終的にこんな感じに天気がいい時間帯もあったのですが
時頼雨もぱらつくような不安定な様子。
二日目はかなりの吹雪。 なお、両日ともに風は強め。

雪は初日はちょっと重め――まぁ 雪ではなく雨がぱらつくレベルなので
若干お察しの感もあったのですが。

まぁ 素直に滑るだけならばちょっと残念な感もあったかも知れませんが
なら、それならそれでいつもならできない楽しみ方をやろうじゃないの、というシンキングで。

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ゼロと二

2020⁄02⁄21(金) 00:00
どうにもカレンダーを眺めてみると昨日と明日に当たる日付は
その数字を使って何かネタにしゃべりたくなる魔力を持った数字に見えます。

……が、それを直近でしゃべってしまうのも何か申し訳が立たないので
結果的に その間の日に当たる今日に両方しょうもないネタとしてしゃべってしまえ、
という かなり投げやりな作文を始めることになりました。

まず、2020年2月20日。 まぁ これに関しては今月2日同様に
八桁の数字を使って日付を表そうとしたときに「20200220」と
まぁ そこそこいい塩梅で2と0の数字を並べることができる、という問題。

まぁ 数字の美しさを加味するのであればこれは
「20200202」のほうに軍配が上がるのでしょうか。

対して明日は2020年2月22日 ……まぁ 相も変わらず
2と0だけで構成される日付、という意味では変わりないのですが

今年の場合これに付け足して「令和二年二月二十二日」と表現することもでき
このように書いてみたら見事にゼロを表現に使わずに
表すことができるという美しさ!

……まぁ こう書いておきながらこの文章をここまで真面目に読んでくれた方が
万が一二でもいらっしゃったとしたら「だからなんだ」という
声がどこからか聞こえてきそう、というのはわかります。

まぁ それに関して返す言葉も何もないのですが
こんなしょうもない数字の並びにも感動できるしょうもない遊び心、
忘れないようにしたいな~  と思う今日この頃です。


なんか 学生時代は紙やペンで数字を直接がりがりいじるのは
計算間違いなんかが怖くてできるだけやりたくなかった人間でしたが
最近はもうちょっと真面目に数字に向き合って来ればよかったなと思う今日この頃。

確かに 様々な物理量をアルファベットに置き換えて
次元計算していく、というのは気が楽ではありますが
やっぱり 次元計算はあくまでも次元を示すというだけで
その記号に対して実測値を当てはめてあげないと意味はないんですよね。

なんて、当然のことに最近になって気が付いてちょっと後悔している今日この頃。
離れて分かる、あいつらのすごさ、とも言いましょうか。

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世捨て人

2020⁄02⁄20(木) 00:00
人間にはひとりひとり個性があり、ほかの人と触れ合う中では
その違いをうまいこと受け入れて生きていかなければなりません。

ふとした会話やちょっとしたしぐさからすっと相手のタイプや趣向を探り取り
それに簡単に合わせていける人間や逆に
周囲を自分と同じ色に染める力を持った人間というのは
往々にして多くの人間の中心で輝いていける人間です。

……などといっているのっぴぃさんはとにかく不器用。

相手の顔色なんてそうそううかがえるものでもありませんし
学生時代なんか学業以外のまともな表立った趣味も持っていませんでしたので
周囲で交わされる話題に乗り遅れることなんてざらでした。

そんな中 私の両親の教育方針などを聞いていると
「自分は自分、人は人」という精神を貫く人たち。

この考え方、一見的を得ているようにも見えますが
要するに 自分と檻の合わない人間がいたならばかかわるな。という教え。

そして その時自分がメジャー側にいたならば大きな問題もありませんが
私は幼いころから名探偵コナンやワンピースといった
子どもの好きな漫画、アニメをその当時見せてもらうことができず
テレビのゴールデンタイムはいつもニュース番組。

そんな人間が子供時代のメジャーな話題である
バラエティやらなんやらの話題についていくことができるはずもなく
笑いのツボも会話の拾い方もどこかおかしな人間が出来上がってしまいました。

実家を離れてちょっと冷静に自分の育ってきた家を眺められるようになり
家族のだんらんで親に向かってダチョウ倶楽部のお約束のネタを振ってみたら
「ジェネレーションギャップだ」と怒られるような家が如何に不自然であったのかを思い知ります。

そして どれだけ世俗からの刺激をシャットアウトしてきたのかも。

残念ながら今の私もまだ 世間のオーソドックスな流れに
どのようにしたら乗ることができるのかわかりませんし
正直 しゃべれば「なんか独特だね」といわれることも多々あります。

一番怖いのは独特といわれるのにその原因が自分でもわからないことがある、ということ。

……この辺、私が常に対人関係でおびえている大きな要因なんじゃないかなって思います。

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