楽観的、悲観的。

2019⁄10⁄28(月) 00:00
人間十人十色、たとえ同じ出来事でも表現する人にとって
楽しい出来事であったり苦難の厄災であったりとらえ方はいろいろとあります。

自分と違う人の話を聞く――もしくは自分の体験した出来事を
ほかの人に聞いてみて その反応や意見をうかがうことで
自分一人ではいたることのできなかったとらえ方に触れることができたりすると
ちょっと、世界が広がった気がする。 そんな風に思う私です。

そんな私はデフォルトでは悲観的に熟考するタイプだと考えているのですが
思考回路が対極の人――楽観的で深く考えない人――としゃべることで
心の中を覆う霧を払うことができたりすることも多々あります。

……そんな話をしているときは「でも失敗した時とか大変にならない?」とか
盛大に不安になりながら聞いているのですが その辺の人になると
降りかかる災難も楽しむことができたりして本当にメンタル強いなぁと思います。

……見習いたい、と思うことは多いのですがなかなか真似することができることでもないですね。

ただ そんな人が強引にアドバイスしてきたりすること
時たま「失敗した時のことを考えて悲観的になっている人間」からすると
ひもなしバンジーに挑戦するような気分になって気が気でなくなったり。

挙句の果てにはほんとうに失敗してしまったときに つい先日に言っていたことと
まるで真逆の発言してたりそもそも自分の発言内容を忘れていたりしていると
心の中で「何だコノヤロー」と思ってしまうこともまぁ 多々あります。



まぁ ダブルスタンダードを批判するような文章連ねていたのにもかかわらず
のっぴぃさん、自分自身の生態を思い返してみたときに
「本当に考える間もなかった時の衝動に任せたかのような思慮のなさ」を想うと

……あまり人のこと笑えないような気もするわけで。

そんなときに 「もっと感がる時間があったならば」とないものねだりをするのが
直後の自分には多いことなのですが これの現実的な解決策を探してみたときに

①楽観的になる
②頭の回転をあげる

どちらかを対策として選ぶとするならばどちらのほうが妥当な考え方なのでしょうかね。
……どちらもマインドを変えること、といえるのでしょうが なんとなく気になります

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