帰納的②

2019⁄03⁄26(火) 00:00
帰納的な考え方というのは目の前にある「結果」がなければ何も始まらないとは申しましたが
なにも わかりやすい結果が都合よく落ちているわけもありませんので
小さな手掛かりからでも「結果」を導けるために
様々なレーダーを働かせなければならないという難しさがあります。

そのために様々な手法というのがあるわけですし――雑に行ってみれば
撮影してみる、その時に映す光の波長を変えてみる、触ってみる、砕いてみる、エトセトラ――
そのバリエーションをどれだけ持っているか、そして
それを懲りずにどれだけ進めてみるか、というのが
私がこの学生のうちに学んだことの集大成といえるでしょう。

――途中からはいつも私が宣言していることと変わりないのですが
「帰納的」という箔が付いてみた形です。



さて そんな私の行動をもいちど思い返してみると 確かに
「思い立った時の私の行動」というのは 軽く自分で自分をほめてあげたいくらい
めげずに何度も取り組む、という泥臭さを持ち合わせている、と考えています。

何かまずそうな空気を感じたら次に思い付いたことをすかさず実践。
……そのしつこさは武器になると考えます。

……が、この判断をするサイクルが良くも悪くも短すぎる。

……矢継ぎ早にいろいろと考えるのはいいものの
「それまでやっていたことが失敗した理由」「次やるものが抱えるリスク」
などなどをあまり考慮しないまま次の行動に取り掛かるものだから
なんというか 「いつも同じ失敗をする」という状況が多々起こります。

端的に言えば「思いつきをすぐに実行に移す人」何ですよね。
――良くも悪くも。

……まぁ これに関してはコミュニケーション等学問以外でも
基本的方向性は変わりなく 割と感情とか思いつきとかで
バット行動していつも同じ失敗をする――しかも 失敗した直後に、というのが
往々にしてありましていつも自分で恥ずかしくなる、という毎日を過ごしております。

……何というか 「一度一考する」という反省は出し尽くしてしまった以上
これを確実に遂行するためにはどのようなワンクッションを置けばよいのか、というのを
本格的に考えてみたい、そんな今日この頃です。

なんか途中から「帰納的」という中心軸から外れすぎてしまった。
まぁ この「大きな軸」が最近見えてきたからには新たな「ワンクッションというのの
糸口とか見つかってくれるといいな、そんな風にも思う今日この頃です。

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