余白のはしりがき

2018⁄10⁄15(月) 00:00
先日のお話の中で「自分のなりたいものになること」の難しさと
「自らの出世欲」に関する今の(自分の中での)意見を再認識した、などとのたまいましたが
実際 そんなリスクよりは帰って寝たい、という意欲が攻勢な現在の私。

正直なところとるべき選択肢として「建設的に給料上げなきゃ、と思える動機を見つける」
というのと 「適度に手を抜いて意図的に昇進しない」という二つの選択肢が
目の前には見えているのですが 路線変更の容易性とかどちらが建設的かという
常識的判断を交えるとどちらが良いのかという客観的判断は簡単です。

ただ、主観的評価、といいますか 個人の感情的には
そうは簡単にはいかない、というのがまぁ。残念なところではあります。

まぁ、こんな選択肢を持ち上げるくらいですから
私の中での盛り上がり、というのは押して図るべし、といったところで
これも一種しょうもなさすぎるものですが「理想と現実」の小さな一例なのかもしれません。



まぁ 昨日書いた内容に関して――まぁそれに限らずでもありますが――似たようなことを
すでにSNS上で指摘されていた人というのもずいぶんいらっしゃいます(でしょう)

まぁ 普段から割と私、自分が思ったことを垂れ流しておく、という
スタンツを続けているということもありますし 当然他からパクったようなお話で
一筆したためていることも多くあることは自覚しております。

――更新スタイル的に、先に思い付いたとしてもそれより後に世間へ出る、ということも
(実際あったかは知りませんが)起こりやすい生活していそうだな~  という気もしています。

まぁ でも基本的にこの辺のアイデアその他って論文として世界に
自分の功績として公開するでもなし、という意味では
この辺の「どっちが先に言ったか」問題に関しては大きな問題ではないと考えます。

ただし、それを論じるうえでのエビデンス等に関してはある程度は
自分で裏とって調べる、みたいなことは必要であろうと考えています。

(まぁ 仕事であるわけでもないし、その原稿料で飯食うつもりもないですから
エビデンスを得る行為に対するやる気、に関しては保証しかねますが)



大学で教壇を持つ人間でろくでもないのがいる、というものに関しては
過去自分が遭遇した「キャンパス内の車両通行止め領域で『自転車もだめだ』という持論を押し付けた教授」
の存在というのが大きく響いてきてますね。

――一応、交通法的にも「軽車両」の自転車、この条件だけではじくことは無理、とのことです。
マジであの教授には天誅下ってほしいといまだに思う、そんな今日この頃。

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