おせっかい

2018⁄09⁄14(金) 00:00
あくまでも自己申告、というレベルの話ではありますが
私は結構おせっかい焼きな人間であると思っています。

――まぁ 妹を持つ兄、という立場でもありますし
周囲にも兄で持ってる兄妹、としばしば笑われることもありましたし
自分でも一応気が付くものに関しては「気にかけている(つもり)」という自負はあります。

ものによっては 相手の先読みをしてあらかじめ障害を
排除しておくだとか ちょっと裏方めいた部分に勝手に介入しながら
おせっかい焼く事、というのも往々にしてよくあります。

ただ 基本的に頼まれてやっているわけではないゆえに
そして 「おせっかい」といわれるものの常でもあるのですが
時として必要以上に介入してしまう、なんてこともあるわけです。

状況によっては 相手に教育のため「あえて体験させたい」障害を
先回りしてあらかじめ取り払ってしまい、教育の邪魔をしてしまったりだとか。

そんなときには私も多大に反省すべきことでもありますし
本当に手出しをしていいものなのかどうか、というものを
逐一学んでいく、というのも 一種命題だったりする部分もあります。

――このあたりは人それぞれ目線や価値観も違うことですし
ワンパターンにすべてを処理できるわけではない、というのがまた難しいところ。

故に Aさんが受容してくれたおせっかいをBさんも許容してくれるとは
必ずしも言えない。 このあたりは私自身も結構失敗してくれます。

ただ この失敗を指摘してくる――私に学ばせてくれる――方法というのも
相手さんそれぞれにいろいろとその示し方、というものがあるようで
単にその意思表示を受け取るのと同時に学ばせてもらったり
逆に私の中で相当悪評価、危険人物判定をすることもございます。

――主にこの辺の評価の可否というのは 私のやったことについても
逆に 私への返事についても同様に「相手を思いやれているのか」
という点に尽きるのかと思います。

……簡単のため私の受け取り方(つまり、私に帰ってきた反応)だけに言及しますと
向こうにとって有益か無益かむしろ邪魔であったかにもかかわらず
「善意でやろうとしていた」という意思を受け取ってくれたかどうか。

……たぶん、この心を受け取る、という行為。 巡り巡って――っていうよりも
相当短いスパンで自分に帰ってくるものなんだろうな、なんて 最近ふと思う。 そんな長月。

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