生産者・消費者・調整者

2018⁄08⁄14(火) 00:00
なんとなく正解のない問いを自分の中で唱えている最中なのですが
コミケって誰のためのイベントなのかな、という問い。

まぁ 結局はだれか特定の人のものではない、というのが答えというのは
出てくる、そして一番無難な答えであるということも理解したうえで、なのですが。
――あえてその中でも順位付けしてみたらどうなるんだろうな~  って。

この先 あくまでも私の今の考えをいろいろと連ねていきたいと思います。 つまり、異論は認める。

まず コミケ参加者と一言で言ったときに考えられる立場というのは大まかに三つあるでしょう。

一つに作品等を発表する側。 自分の同人誌を作って頒布する作家さんなど。
――ここにはレイヤーさんなんかも含まれるでしょうね。
いわば レイヤーさんはその身、体が作品、ということで。

二つ目に参加者側。 私も含む本を目当てにぞろぞろやってくる人。

最後に運営さん。 この人たちがいないとできるイベントもできませんからね。 大切な存在です。

まぁ はじめと二番目にかかりそうなカメラさんとかいらっしゃいますし
一概にすべてをこれでまとめることはできないかとは思いますが大方こんな感じかと。

で 私個人の意見として 少なくともこの作品を提供してくれる方がいらっしゃらないと
そもそも 運営さんを借り出すこともできませんし すべての原動力はここにあると思うんです。

で この人をいかに盛り立てるか――という点に我々参加者としては
全力で配慮するべき、といったことが挙げられるのではないかと。

まぁ つまりはこの場で作家さんと面と向かって会話をしたりエールを送ったり、というのは
仮に 列に並んでいる人たちにとっては迷惑な話かもしれませんが
そもそも その列を形成する作家さんが望むことであるのであれば
この停滞も致し方なし、といった面があるんじゃないかなって思うんです。

あくまでも 列に並んでいる側はそんな風にして掻き立てられた創作欲から生まれた
かけらを享受する立場であるからして なんというか それを盛り立てる行為に
茶々入れる権利が……ない、とまでは言いませんが 限りなく薄いんじゃないか、ってね。



まぁ 私はスポーツ観戦する立場ではないのであまりよくわからないのですが
「とあるチーム」と「そのサポーター」にとって 一つの試合というのはどんな立ち位置のものなのか

――といったところに近いものがあるのかもしれません。
……あいにく、これに対する私の具体的な答えは全くないんですがね……

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