愉悦

2018⁄07⁄24(火) 00:00
昨日書いてみた内容を思い返しながら自分で思ったことでもあるのですが
私 ゲームの醍醐味の一つとして(ゲームに限ったことではないかもしれませんが)
作成者から小出しにされる情報からいろいろと邪推する、というのが
なかなか好きな一種の物好きなのではないかと自称しています。

実際 この手のお話はたぶんこのブログの話の傾向的に 自分がはまっているゲームとか
状況によってはラノベ読んだ後の次回作はどうなりそう!
みたいなものを勝手に載せてみたり、といったこともしていた気がします。

自分が勝手に書いて悦に浸る、というのもありますが それに賛同するか否かは別として
他人がやった同じような案件もひとまず眺めてみるというのも
なかなかに愉悦なものではないか――と思うこともあります。

ゲーム性自体、というのもその物事を購入したりするときに大きなエッセンスに
――というか 一番の売り文句、商品価値――といえるのでしょうが
その背景というものだったり言うものも含めまして
「まだ公式に発表されていない内容」というものを妄想するのは
この手の人間にとってある種の麻薬のようなものがあるかとは思います。

まずは その背景とか続編とかの予想の話にスポットライトを当ててみますと……

――まぁ 作る側からしてみたらある意味プレッシャー(下手したら悪い意味で)
と思うことも往々にしてよくある話ではあるのですが……

例えば 結構練りに練って考えた物語(シリーズ)の続きのあらすじを誰かが予想してしまった
――というのであれば おそらくこれは「読者にとってあまり意外性のある結末に
誘導することができなかった」――みたいに言われてしまうことがあるのかもしれません。

……まぁ 結果的に本当の続編、というのは何につけてもその作者さんが
「これだ」と世の中に送り出したものになるというのが常

……逆に言えば いくらここで部外者が講釈垂れてみようが
それと現実が違っていたらその時点で その予想というのはほらになります。

まぁ 案件にもよりますが これらの案件というのはうまい具合にこの意味では作者に対しては
「ほらを吹かせてほしい」「欺いてほしい」みたいな要求部分があったりしますね。

逆に 未公開情報の開示の仕方、という意味では「ある程度その先が予想できた」というのは
――まぁ 単に行った側の愉悦であり これで一喜一憂する部分はそこまで多くない、のかな?

ものによるかもしれませんが こうして考えるとこの時の自分の気持ちとか楽しみを
言語化してみるのってちょっと 難しいものがありますね。

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