そして、あけました。

2018⁄01⁄10(水) 00:00
10_2018011222061056a.jpg
とりあえず 去年のしゃべり残したことといったら
大方 家の手伝い(やたら木を切ってみたりもろもろ)とか
その枝葉の処理とかをやらされたお話。

そして コミケで散財しすぎたお話位でよさそうな気が。
――というわけで 記事の話題的にも年越しましょう。
――後で書き忘れたことに気が付いてしれっとタイムリープするかもですが。

一応 三が日の間に初詣に入ってきたのですが 何と言いますか
おおよそ初詣にはふさわしくないレベルで人がいない。

――別に三が日外したわけではない(まぁ 最終日の三日だけど)けども
明朝にたたき起こされてやってきたのだからしょうがない。

まぁ 人混みが嫌いという心理はわからないでもないのですが
ここまでくると一種 やりすぎのような感が見えてくるのはなぜだろう。

そんな家で育ってきたことを思い返しながらふと私思うんです。

……こうやって、社会の流れに逆らうことをさも当然のように
すすりながら育ってきたから 人間としての協調性に欠けているんじゃないかって。

大なり小なり育ってくる環境で人格というのは形成されるといいますが
確かに私は結構人の空気が読めない部分もありますが
その「環境」という観点で考えてみるのであれば この結果はさも当然なのではなかろうかと。

――そんな風に年始からちょっとネガティブ思考入ってしまった今日この頃です。

まぁ 戌年の今年、愛犬と初詣したかったらこんな感じで
人がいないタイミングを見計らわなければならないという説も
まぁ あながちなくもない気もしますが それにしてもね。



……考えてみたら 結構「人は人、私は私」というのをゴリ推すような
家で私、育ってきてしまったな~  という感はあります。

基本的に民放のテレビ番組は見てきませんでしたし そのあたりで小中学校
話題についていかないってぼやいた時も「人は人」みたいなこと言われましたしね。

基本NHKのニュース番組。 おかげで社会には明るくなったよ。

まぁ 仮にゲームとか金のかかるものだったり それに合わせようとするあまり
成績が急降下するようなことがあったら そんな言葉で民放テレビ番組を
禁止するみたいなことはあってしかるべきことがあるかもしれませんが
今になって思うのは「何もそこまでしなくてもよかったのではないか」ってね。

……小学校の中で繰り広げられる「会話の組み立て方」「雑談のやり方」に関しては
結構苦手イメージが常に付きまとっていた私でしたが そのころあたりからなんか
うすら暗い記憶がちらほらとわいてくる今日この頃だったりします。

……まぁ 親でも話の空気の流れが読めない人間がおりますし
この帰省の最中でも盛大にそれ原因でブチ切れる事案おきましたし
このあたりの半分被害妄想じみた妄言、あながち間違いでもないような気がした新年の一日です。

TOP