院生(食客)

2017⁄11⁄06(月) 00:00
一度出てきてしまったドロドロでぐちゃぐちゃした思考というのは
客観的に見てみたいとかそんな詭弁があったとしてもなかったとしても
その流れを忘れてしまわないうちに出してしまったほうがいい

――というのは ほかの誰でもない自分の考えなのですが
人一倍短期記憶に自信がない私にしてみたら
ちょっと意識して考えていかないといけないことなのかなとは思っています。

――そういえば あのもろもろの中に書き込んではおりませんでしたが
短期記憶がすこぶるよくないことは研究にも影落としていること多々ありましたね。

自分が作業やっている間に直前の作業を忘れてみたりだとか
自分がやってる作業に夢中になるあまりに そのほかの作業を忘れて没頭して
結局その進捗がぐちゃぐちゃになってしまうだとか。

――まぁ そんなこと繰り返しているんだから指導教官に
愛想つかされても仕方がないというのはわかる話。

そして そのことを特に最近肌身に感じることも多くなってまいりまして
――もう、私はこのあたりには居場所がないんだろうな~
ということは 往々にして感じることもあったりします。

別に表面からギスギスしているわけではないのですがもう呆れられているというか
そんなことは結構感じますし 自分も今までもろもろ挙げてきた
「自分のやっていることに意味を見出せなくなってきた」積み上げというのは
態度として表れていることはうすうす察していますし
そんな扱いになってしまうのは半ば仕方がないと思われます。

――ただ、そのような扱いにも度というのがあったりして
「ここまできちゃったのか……」的事案もちょいちょいありまして
それがさらに私のモチベーションを下げるという負のスパイラルになっている部分もあります。

私の研究室 論文紹介を院生で回す慣習があるのですが
気が付いたらこれ 私の番飛ばされているんですよね。

――確かに私 人一倍英語ができませんので これのノルマに向けて
いろんなものの優先順位をつぶしながらかなりの時間をかけて
やっと及第点、みたいな かなりの劣等感にさいなまれながらこのあたりの仕事はやっています。

まぁ 故に自分の研究背景みたいなのもなかなか把握できないし
英語ができないことに関する不利益は枚挙にいとわないわけですが。

ただ 完全にノルマを飛ばされる――就活中は仕方ないにしても――というのは
さすがに堪えるものがありまして 「ここまで期待されていないのか」感。

もっと言うならば 一応ゼミに向けて言われた時刻に顔出さねばとは思うのですが
扱いとしては完全に「食客」扱いであるといわれても
もう逃れようもないものなのではないか、と考えています。

もう、ゼミの一角すらかかわらせてもらえない程度なんだな~
ということを感じると、もうさっさと「形だけ修士のお面かぶって
さっさとプライド捨てて社会の歯車になるべき」みたいな感じなんだろうってね。

――この書き方 どこからどう見てもひねくれて卑屈になっているような感じですが
その要素除いたとしても そこそこはそんな扱いなのではないか、とは
割と本気で思ってたりします。 最近の私です。

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