行ってはいけないレベルまで・前

2017⁄11⁄04(土) 00:00
これまた今までもさんざん言い続けてきていることなので
ここでまた引き合いに出すのもおこがましいことになるのかもしれませんが
私の少なくとも大学でのマスター生活での燃えカスっぷりが半端ない。

最近はもう 何もやりたくない、やれないという
――少なくとも「やることをそれなりにやってくる」という
最低限のことはその先の恥を嫌って何かしら心がけてきていたことなのに
ここ最近ののっぴぃさんはそれすらもままならないレベル。

――日々順調に堕落しているさまを見せつけてくれるではないか。

まぁ それに至るまでの要因、改めて書き出してみましょう。
――まぁ 書き出したからといって言い訳したいわけではなく
自分でそれを打開する可能性を抱くためには改めて
すべてを俯瞰してみたくなった、そんな感じなんですよ。

まずは 大学でいろんな意味で仲間がいないということ。
――一人 やってる研究の方向性が違うんですよね。 手法とか。

だから 何かで詰まってもヘルプ出す先輩がいない――卒業しちゃったとか
それ以前のレベルで全くいない 研究室の中では
一種 パイオニア的立ち位置だったといったらかっこいいんですがね。

実際は 多大の人の知識と比べたらかなり劣るものだったことに気が付いて
「井の中の蛙」というのを盛大に感じたところであります。
――それ知ったのが院に入った後だったからね。 院試受ける場所
失敗したんじゃないか、というのは やる気低迷の遠因にはなっているでしょう。

そんな崇高なことを語らなくても 例えば出張関連で
一人やっていることが違うがゆえに仲間外れにされることも
結構 自分の気持ちをへこませるには十分でした。

――何にしても 壁のようなものを感じているんでしょうね、何にしても。

もともと旅好きという(まぁ 出張が遊びであるとは微塵も思っておりませんが)
一種「研究という媒介を通じたハレの日」という感覚にはなるのでしょう。

――そして それを通じていろんな人に意見を伺い
みたいな 人のつながりだったりイベントの共有だったりが
自分一人でやっている内容だとどうしても弱くなるのは仕方ない。

ただ ここでは被害者然として書いておりますがなんだかんだで
自分が研究室の居室でコアタイム等が存在していないことをいいことに
必要最低限程度しか大学に現れない生活を続けていたというのが
結構悪い影響をこのあたりにも影響していたことは否定できません。

この点に関しては「自業自得」であるといわれてもしょうがない。

結局高校生活でいろいろと人間関係に悩み続けた挙句
大学での6年間では根本的に人間関係の距離の測り方を
最後まで学ぶことができなかった、ということができるのでしょう。

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