振り返り

2017⁄08⁄04(金) 00:00
ちょっと 京都のお話が中途半端に続いているかもしれませんが
閑話休題的なノリで こちらもこちらで1日に種まきした
おしゃべりのほうをさせてもらおうかと思います。

こう 大学での研究を進めていくにあたってしばしば悩むことがあります。
――私は研究を通じて科学に対してどんな貢献をしてみたのか。

まぁ このあたりの回答が明確であることがおそらく
ドクター進学を目指していくにあたって一番大きなポイントであったのだと思いますが
少なくとも今の自分に関していえば ここが大きくかけている研究を
今も続けているんだな~  と感じている次第であります。

正直 自分が研究としてやっていることというのは
もともと研究室の中で行われていたものを基準に考えたとき
邪道もいいとこな、そんな感じの研究を始めてまいりました。

ゆえに 結構先輩方にやり方を教わりたくてもなかなか教わることができず
結構自分でいろいろと試行錯誤してみる、という経験を
積み重ねることができたことに関してはよかったかなぁと思います。

ただ、そうはいっても結構思うとおりにできないことも多かった。

「これやってみよう」と思っても やり始める前に指導教官に
止められることもあったわけですがこのあたりのことを思い返しながら
改めて自分の研究ってどうだったのだろうと考えてみたとき。

現在、そして修士論文として提出できるもののレベルを考えてみたときに
果たしてこれは科学を切り開いたものであるといえるのだろうかと。

たぶん 高校生の自主研究だとかその程度の仕上がりのものが
出来上がるというのが関の山なのではないかと思っております。

そして もしかしたらこの先後輩に自分のやることを引き継いでもらえるのかなと
考えてみたりしたこともあったのですが どうやらそんなこともないらしく
そう考えてみると自分が今までやっていたことはおそらく
指導教官から見たときにもいろいろと失敗作だったことは免れないかなぁと。

そう思われているんじゃないかな~  と思いました。

また 邪道を突き進んでいるものの定めなのかわかりませんが
研究関連の出張等でもハブられることが多発しておりまして
こんな風に言うのも悪い気もするのですが
ちょっと 研究室の方々との心や考え方との間に距離を感じることも多いです。

一時期は もう邪道を走るのをやめてしまったのなら
少なくとも研究室の強みを生かして「最後の半年間はまともな研究生活を送ることが
できるかもしれない」という淡い期待を抱いたのですが
そのような提案をしたところで企画が通る自信もなければ
そのアイデアを突き通すだけの気力が現在わいてきません。

まぁ 大学に対する現在の無気力さっておそらくこのあたりから
主に出てきたりしているな~  という自覚は現在
ものすごく感じているところではあるのですが……

もう、どうしようもないのよね。 残念なことにさ。

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