下山

2015⁄05⁄02(土) 00:00
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前書いた摩耶山登った時の話の続き。 一応「てっぺんまでついた」
みたいなところまでは 既にしゃべらせてもらったかと思います。

――帰るまでが遠足、なんて俗に言いますし 自分も
帰るところまではしっかり(必要以上に細かく)描写して行こうと思います。
――ここ最近の生活のハリがなさ過ぎましたからね。
いつも以上にだらだら引き延ばさせてもらいますよ←

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一応初めて登った山ですし 何もせずに行って帰る、というのも
趣もありませんので少し 山の上の方で探検してみた感じです。

――そんなわけで 前の記事の中で触れた「焼失した寺」なるものが
同じ場所ではなかったのですが 少し場所を変えて
復興しておりましたので覗いてきました。 摩耶天上寺。
ちなみに 禅寺の類というところまではわかりました。

……ここで仏像のレビューするような需要もボクの能力もありませんので
本来なら寺の話題って困るような展開だったりするのですが。

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今回の場合はこんな話の膨らませ方もできますね。
――Wiki見ればわかるかもしれませんが 対空番長摩耶様ファンならば
一度は行っておきたいポイント、と言えるのでしょうか。

軍艦摩耶の碑。 一応この軍艦は神戸の街にとっても
救世主みたいなものだったようで――なんて歴史も調べたことがあります。
……まぁ 忠実はここで述べるような話でもないでしょうかね。

――あと 自力で動いた範囲で今回初めて 神戸市北区の
景色を眺めることができました。 やっぱり六甲山系は「壁」だよなぁ。

で もう少し回ってみるのも面白かったのかもしれませんが……
……帰りにどのくらい時間がかかるのかイメージがわかなかった点、
さらに「お呼び出し」がかかった点を持ちまして
その先の探索は今回はお蔵入り、ということになりました。

行きも帰りも同じ道、というのは面白くもないので
帰りは違うルートから――結果的に いかにも「山登り」といった感じの
けもの道然としたルートから帰ってまいりました。

……が 特に最初の数100メートルを降りるあたりでしょうか。
――尾根ルートだと聞いていたのに かなりの絶壁を
滑り降りる羽目になりまして これを登りの道として
チョイスしていたら 完全に心折れてたなぁとか感じた次第。

……画像は……高低差みたいなの通じづらくて
うまく通じない気がしますのでこれに関してはパス。
――山って 感触で通じる部分も大きいと思うのです。

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まぁ 一応「ぽい」かなぁって思えるような
ルートを引っ張ってみますと こんな感じで
小川を石の上を飛びながらわたっていくみたいなこともありましたかね。

まぁ この段ではいいのですが やっぱりいろいろなところで
水害的事故は起こっているわけですから。 慢心はダメ、絶対。
……みたいな看板もありました。 合わせて貼っておきます。

で その“小川”沿いにどんどんと道を下っていくことで
まぁ なんだかんだで 日頃の生活の中で見るような
光景になってきたな~  建物が増えてきたり。

……みたいな感覚に戻ってくるわけですよね。
まぁ 神戸の川の中流は大体こんな眺めな感じですし。

住宅街らへんに入ってくると さっきまであんな
山の小川然としていたものがしっかり護岸整備みたいなのされていて
かなり急激に空気が変わるさまは改めて
神戸は山に張り付いた街なんだなぁって実感させてくれた気がします。



――さて とりあえず山の話題に関してはこれまでですが
下山するきっかけの一つとなった「お呼び出し」あたりに関して
次は 勝手に掘り下げていこうかな~  って 考えています。

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