観月

2014⁄08⁄01(金) 00:00
201408月
とりあえず この時期に月替わりって
展開になるのであれば
大方 テストとかでてんやわんやって
展開になっていることを
見越しておけ~  みたいなことに
なるのでしょうかね。

――と 言うわけで 月初め恒例の作文を行うわけでありまして
今月は 多分こんな気分だろうという意味合いも込めまして
黒ウィズの精霊ならば 色んな意味で突撃色を色濃く残したアルルさん。

ゲームの中では 最近SSになったってこともありましたし
それについては 前にも記事作ってみた気もしますけど……
……使い勝手 かなりいい方のキャラクターであることは自明みたいな?

まぁ ネームバリューだけで行くのであれば空から
軟体チックな何かが降ってくる落ちものゲームに出てくる
主人公ポジのキャラクターにものすごい勢いで負けているような気が
しないでもないのですが まぁ 深いところは考えずに行きましょう。

一応 自分としても「突撃よぉい!」って言って
それなりの準備を施した上で突撃しているつもりということを
――主張したいところではあるのですがね。 実際はどうなのでしょうか。



さて このタイミングで書かせてもらうことはといえば大方
その前の月の中盤あたりにブログに関して思ったこと・その先の予定
――といったことがメインになるのではないかと思っているのですが。

その先の予定枠としては なんか 夏休みの予定ってノリで
考えてみた方がいいような気がしましたので このブログの方針について
今月も 全力で書かせてもらうような流れになるのではないでしょうかね?

先月の同様なチャンスでは確か 自分がたとえ忙しくなったとしても
恐らく 記事の長さが短くなる可能性があれど 意地でもできる限り
記事の毎日更新は維持できるように頑張りたいみたいな意気込みと。

まぁ そのような危険性が迫ってきたときなんかは特に
記事の投稿時間がどうなるかみたいな不安について書かせてもらったんじゃなかったっけ。

……まぁ 今月は主に 自分の現状の「長ったらしい文章」の所以について
だらだらと書かせてもらおうかなぁって思います。 ちょっと方向性変えてみてね。

さて おそらく記事の中間に差し掛かったこの辺りの文章を
まともに見ている人もいないのではないかって思われる程度には
だらだらと他人眼には読みにくい記事を書くことで有名(自称)なのっぴぃさん。

一応 ボクの中にもそれがメジャーかマイナーかという違いがあれど
とりあえず 自分の中で記事書くときの法則というか鉄則のようなものがあります。

その時思ったことを包み隠さず書く。 ――まぁ 個人情報的なのは
少々ぼかすことなんかはあるかもしれませんが これは徹底していることの一つです。

だから なんか途中で話がごちゃごちゃして 結果的に後から自分で見返した時すら
読み辛い文章が出来上がっている――なんてことも往々にしてよくあるのですが
その時の思考の迷走含め しっかり残しておくのは大切だろうと思っています。

――結構一般的に人としゃべっているときに「で、結論は何なの?」って
せかされることがあります。 会話なんかでは特に。

ボクが文章書くときにやたら長くなるのは 結論を導くまでに
その毛色やらなんやらを延々と書き綴って しばしば道に逸れたり
無駄な言い換えみたいなことを試みたりするせいって言うのはなんとなく自覚があります。

それに対して 自分がほかの人の話を聞くときに関しては「経路がわからん」って
逆に 結論だけ並べられるお話が結構苦手というかついていけないというか
――多分 考えとしては相当マイナーなのですがそんな考えを持っています。

個人的には まぁ 結論も必要なのだろうとは思うのですが
結構 その結論が来るまでの道中の方に興味が向くんですよね。

まぁ 公の場に関しては このような考え方を一部 抑える必要はあるでしょう
――と言いつつも 実際は無意識にそのようなしゃべり方になってしまうことが
多々ありまして 尻尾を隠し切れていないというのが現状です――けれども
……せめて 自分のブログの中では自分が話しやすいしゃべり方で
記事書かせてもらっても ばちは当たらないのではないか??

――なんて 思いながらやらせていただいている。 そんな感じになるわけです。

しばしば 人の記憶の仕方は左脳でしっかり論理的に整理されている人と
なんか 右脳的で芸術的にほんわかと処理されている人と二分されている
……みたいな言い方されることありますよね???  自分はそれでいうなら明らか後者。

「今日 こんな感じの内容で記事を書こう」みたいな『画像』を
頭の中に思い浮かべつつ それを自分のつたない文章力で
極力描写しようと努力する物だから 結果的に最後読みづらいつたない何かができる。

――みたいな展開になるわけでして 多分 そのような思考回路故に
画像が出てきたときには ナチュラルにその画像を受け入れて
個人的に 相当労力減らしながら記事をかける そんなことになると思うんです。

画像があれば その内容に信憑性のある証拠を突きつけることができる
――というのを抜きにしても それ以外に その画像が付きつけられる
そして その画像がしゃべりかけてくれるところに関しては
自分の文章力なしで 記事が書けるようになったみたいなものですし。

……写真1枚貼るだけで 自分が250文字程度の作文を
サボれるような計算になるんじゃないかって換算しています(適当)



このような方向性って 例えばほかの方のブログにコメント書くときも起こります。

他の方のブログの話の話題の中で切れているところがあるごとに
「その文章を読んで想像できた絵」を思い浮かべつつ
それに関する感想やら その絵の説明やらを延々と
コメント欄に書き連ねていく。 そんな感じでコメント書かせてもらっています。

――と 言うわけで 一つの記事内容が短かったとしても
コロコロ記事内容が変化する記事に対しては しばしば
母記事の分量に対してボクのコメントもやたら長くなる
――なんてことも 往々にして起こりうる事案だったりするんですよね。 えぇ。

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