ご冥福を。

2014⁄05⁄03(土) 00:00
こんにちは。 今日は とりあえず 電車の中で書いた原稿の
後日談というかその後というか――を 書く三段なのかもしれませんが。

……そのもろもろの日程を全て終えてみて
やっぱり 個人的にショックも少なくない感じでしたので
この記事考えなければいけないギリギリのラインまで考えたのですが
画像上げない割には 文章少な目――みたいなバランスで行かせてもらいます。

――まぁ 閲覧していただく分にはそこまで大きな変化はない
――と 思いますが まぁ こちらの気分の問題です。 ご了承ください。


兎にも角にも 自分にとっては小学校の時にあった祖父の時以来ですか。

親戚がそれまでなくなることの無い平和な時代が続いた――というわけでは
無いのですが その間自分はお葬式に呼ばれる機会もありませんでした。

今回行ってきたのは 関係性は――書くのやめておきますが
その息子さんは自分と10違わないで 少なくとも自分が把握している範囲内では
一番年が近い同性の親戚ではないかな??  といった関係性。

まぁ 親戚の間で一番年が近いということで何かと話にも上りましたし
その親である今回なくなった方にも かなりお世話になりました。
――いい方にもよるのですが かなりおせっかい焼きな方でしてね。

自分が神戸で一人暮らし始めた初期も初期のころ 電話いただいて
何かと気を使ってくれたような方でした。

で そのお通夜の4時間前に「お前の判断で来るか来ないか選びなさい」という
色んな意味で もう半日くらいは早く言ってほしかった
召集のセリフに誘われまして そのお通夜の会場に飛び込みました。

――昨日の愚痴は その道中で書かせてもらったということになりますね。
で その時には書けなかったその後の状況。 とりあえず 描写少なめで。

お通夜のご焼香などには ちょっと 時間が間に合わなかったかもしれません。
まぁ でも お通夜の参列者がいろいろ残っている段階で合流は出来ました。

その後 線香番というのでしょうか。 棺の近くで
残った食事の処理(エコな意味で)を片しつつ 動き盛りの男衆
(と言っても 自分が一番年下で 20代も例のお兄さんのみ)で晩酌していました。

当日は お通夜の時にはできなかったお経を聞くということもできまして
冥福を本当の意味でお祈りすることが出来たのではないでしょうか。

式場から火葬場へ送る道中でも まぁ とある役割担わせてもらいまして
ただのんのんとしている数倍は少なくとも お別れを惜しむことが出来たと思います。

結果的に 二十歳超えて初めての式ということで
何かとボクの平常の生活と比べてみたところでは お酒
注がれる機会が多かった気もしますが そんなところなのでしょうか。

やっぱり その火葬場で棺を入れ 一時間から二時間程度でしょうか。
そのあと お骨を拾いに行ったときの独特なにおいや
ついさっきまで しっかり肉体を保っていた人が
もう 変わり果ててしまった姿を見てしまった時はかなり 辛かったです。

大雑把にはこんな流れ。 ――まぁ 祖父のそれを
少し思い出しながら 言い方は何ですが「あたりさわりもない」
お葬式であったのかとは思います。 ……自分にとっては
かなり お世話になった方が棺に収まっていたということ以外は。

まぁ ここで惜しんでいて何か変わることがあるのならば
この先も全力でその内容書いていくところなのですが
これも現実として受け止めていかないといけないのだなぁと。

そして 心筋梗塞とかそっち方面は つい先日まで
元気だった人の命すら刈り取って行くとても怖いものだなぁと。

そして 何よりも さまざまな意味で後回しにしていた結果
もう かなうことの無くなってしまった「やるべきこと」ができてしまったこと。
……やることは後回しにしてはいけない。 これも教訓ですね。

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