関係

2013⁄07⁄07(日) 00:00
さて 今日は世間一般的には七夕ということで
伝説の上でも 川を挟んでクラス男女が仲つむまじく~  みたいなお話もあるとおり
割と 色恋沙汰の多い日みたいですね。 取りあえず年齢相応には。

一応 もう少し下の年齢になってくると 七夕って笹の葉に短冊かけて~
みたいな クリスマスのある意味対をなす――そんな意味ではあの人
ほとんど半年離れているってのはなかなかいいイベントの日付なのかも?――
イベントであったのかな~  って 考えることもできますが。

子供がサンタを心から信じなくなるのと この短冊に無邪気で
居られるのかどうかってのは かなり 似ているものがあるのではと思います。

とはいえども ボクとしては 最近は特に この二十代の間も
色恋沙汰とはほとんど関係なく あえて言うなら物理学と付き合っていくのかな~
――みたいな 皮肉が飛び出すような気がして少し戦慄していますが。

仮に カササギがわざわざ川に橋を架けにやってきてくれたとしても
あいにく その対岸に待ってくれる人はいないという これはこれで
自分で書いてみると悲しい現実がここにあるような気もしなくはない。

まぁ とはいえどもネットでいろいろと騒がれているように無条件に「リア充爆発しろ」
みたいなことはいいません。 個人的には 街角で手をつないで歩いてる
カップルとか見ても 別にそんな感情かけらすら思わないんですがね。

――まぁ 少し仲が熱く見えていたとしても 最低限ほかの人の迷惑に
なるようなことをしなければ 割といいんじゃね??  みたいな価値観。

――とまぁ そんな書き出しになるようなことがなんとなくわかってましたし
去年(まで、と続けられるかどうかは忘れましたが)はそれっぽい画像
このブログにおいて 何か世間一般的なイベントがある日には
割とやってる画像探ししたうえで記事書き始めるなんてことはしませんし。

多分 最近大学であちらこちらにチラシ張り出されてみたり配られたりしている
七夕祭りみたいな大学の行事も今年はパスの方向でよさそうです
――去年は もの見たさで行ってみましたが それはそれで
一人のそれってのはなかなか悲しいものがありました。 これも一つの思い出。

……と 言うか このミニ学祭みたいなイベントにおいても
非常にナチュラルな流れでステルス能力を発揮する自分に驚くこともありますね。

とまぁ そんなわけで これ以上個人的には七夕ネタをつなげることは
結構きついと感じましたし 色恋沙汰は正直 初恋らしい初恋も
まさかのまだ未経験という もしかしたらこの方面に関しては
小学生以下の感性しか持っていないボク。 その方向の話は書けるわけがない。

ただ まだ いつものノルマ文字数の半分にも至っておりませんので
以下 個人的人間関係観みたいなお話で詰めていこうと思います。



世間的には たとえば学歴なんかで人を判断しようとする人もいます。

そうなると 神戸の国立大学に通わせてもらっているボクとしては
世間的にはなかなかそれだけ見たら比較的高評価に見え――るのかどうかは
さておきとしても でもボクはそんなこともないでしょうって思います。

結構疑問だったりするんですよね。 「人間頭よければそれでいいのか」って。

個人的には そんな意味でも 大学入学当初から――まぁ 一人やってくる
地域が違って ローカルなその事情に精通していなかったからというのも
一つにはありますが――出身高校談義みたいなのは結構うるさかったなぁと。

あと 出てきた予備校談義もそれに近いものがありますね。
内輪で わかる人同士で予備校講師の思い出話をするのだったらともかく
どこの予備校通っていたかなんて。 一人 関東からはるばる
やってきた身としては その辺の話も乗って行けなかった嫉妬みたいなのもありますが。

まぁ 流石に今になってまで この出身校がどうこうみたいな話題が
話のメインステージに居残るなんてことは稀ですが現在になってくると
その出身校がどうみたいな話って 本当に何の意味もなさなくなっているなぁと。

要するに どんな感じで日頃学ぶ姿勢を見せているかとか
学ぶ学ばない以前に この先研究室に配属されたとして
どんなこと勉強したいのか明瞭に顔に出ているとか
多分 出身校を尋ねるよりも明らかに 顔に出てきているような気がします。

――まぁ 自分の世界観的に 今の自分にはこんなことしか書けませんが
多分 社会に出ても 最終的にはこんなノリで 出身校なんて
そのうち飾りになってくるんじゃないかな~  って とらえている節があります。

まぁ そんな風に批判的な目線でボクが基本とらえてしまったりするのも
もしかしたら 小学校時代親にゲームねだるときから既に
「プレゼンテーション」させられるような家で育ってきたおかげかもしれませんがね。

――人間観って 結構 幼いころに受けてきたしつけに左右されるのかもしれません。

その意味合いで 個人的に一番人間を評価できる際に考えているのは
真っ先に「ごめんなさい」とか「ありがとう」とか言えるかどうかでしょうか。
――これも 母親に植え付けられた躾の賜物と言えるかもしれません。

まぁ 自分の発言はこれらが少しワゴンセールのようになっていることが
否めない部分がある――ってのも これまた事実で直したいところでもありますが。

でも 悪いことをしたなと思ってても なかなか口に出せない人とかは
結果的に 個人的にはあまり信用しませんし ありがとうって言葉を
助けてもらったりしたときに いつも口に出してくれない人に対しては
割と早いうちにあきれてくるみたいな行動しているような気がします。

まぁ こう言っているから自分はこれに関しては完璧なのかといえば
さっき書いたように 少しワゴンセール状態の自分のこの単語。

……不必要に口に出してしまったり 多分 欧米人と付き合うときには
支障が出るくらい「ごめんなさい」の単語は多用している気がします。

――とまぁ ちょっと最近自分の身の回りのリアル人間関係が
ぎくしゃくしている節があるのですが ちょっとこれに関して
もう一度考え直したくて なんとなく 自分の人間観を連ねてみました。

――まぁ こんな機会がたまにはあってもいいですよね。

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