センパイ

2012⁄10⁄15(月) 00:00
最近 日本では山中先生のノーベル賞受賞の話題で盛り上がっていますねwww
大学での教職員の皆様の雑談のネタのトップを独走しております。

このネタをふる人の専門が文理を問わない点も ノーベル賞のすごさですよね。
理系の人は研究精神についての話に持って行けますし。

――文系の人は たとえば国際性について語ろうとするのかもしれませんが
聞くところによると 先生 英語苦手みたいな話あるじゃないですか。
これに関しては 少々強引に話を持って行っている感があるのは否めませんが。

まぁ 何がともあれ めでたいことですが ボクの通う大学にとっては
卒業者で初めてのノーベル賞受賞~ って事実もありますから
半ば 大学を挙げて(正確には教職員)お祝いムードなのもわかる気がします。

――えっと 半ばオープンキャンパスに行っていた時の記憶がごっちゃに
なってしまったのですが ノーベル賞の受賞者が卒業生に出るまで
決して開けることのない謎の扉が存在しているのは広島大学だったっけな?

これが仮に 神戸大のお話だったとしたら 世紀の瞬間が見られることになりそうですが。
――でも 近いうちこれに近いフォーラム的なものは開催されるかもしれませんね。

ただし 医学部は基本的にキャンパスが違うので どこまでこちらに情報が来るか……
――まぁ 一年生はこちらと同じ校舎に通って教養受けていますし
その辺の事考えれば まったく情報が回ってこないことはなさそうですが。

……あと 専門分野が違ってこそあれ 研究者としての心得的なものを
講演してほしい部分もあるので。 ――この先生の講演が近くで開催されるなら
ぜひとも聞きに行ってみたいな~  なんて 思っているのですがさてさて。

一応 一卒業生ではありますが 今は別の大学(京大)の教授ですしね。
なかなか 母校を訪ねてくるのも難しいのかもしれませんが……。

なんか 高校の時とかだったら たとえ講演してくれなくても
「卒業生が頑張ったんだから」みたいな空気に持って行きやすい気もするのですが
どうも 今現在の感覚として その辺の話に持って行きにくいのはなぜなのでしょうか。

横のつながりも大学になって 少々希薄になった気もする(恥ずかしながら
同期で同じ学科に所属している人間の顔と名前が未だにほとんど一致しない)ですし
その辺の一体感というのは あまり感じられないのが大学の特色なのかもです。

――まぁ 自分もおそらく研究者の卵。 その意味での尊敬はありますがね!



少ししょうもないことですが 個人的に少し気になっていることがあります。

とある物理系の先生にとっては 我々は物理で生きていくわけではない人間
――というレッテルが貼られているようです。 あくまでも評価ですが。

まぁ 研究対象は地球ということで 高校の理科の分け方をするのだったら
おそらく「地学」に分類されそうなボクの通う学部ですが
実際に研究を始めようとする段になると そのような枠ってどうなのでしょうか。

物理学をマジで突き詰めていかないと何もわからないということは
自分は この先(おそらく就職後においても)物理で食っていくことに
なるんじゃないかなんて思いながら来ていたわけで 少々複雑な気分。

――とはいっても まだ大学入って数か月のひよっこですし
物理の根本までを抑えるのかといえば 少し脇道に入るような気もしますしで
一概にどうとか言えることはないとは思うのですがどうなのでしょう。

そもそも その時は無駄にこのセリフにガツンとショックを受けた感もありますが
考えてみれば 理学部の教授だけど実は出身は工学部ですみたいな人も
結構いるみたいですし その辺を考えれば 自分がこっち方向に転ぶ可能性も十分に。

さらに言うならば まだ詳しいことは考えられていない域の話ですが
院に行くにあたって 場所を選べば専門が「物理学科の範疇」に
収まってくれる可能性も結構ありそうですし 今から結論つけるのは早いかなって。

まぁ そんなこと考える前に自分がどの方向性の研究室を目指すのか
その方向性をはっきり考えていった方が有用な気もするわけですけどね。

――そして どっちに転ぶとなっても 最初っから自分が考えているように
結構物理学のお世話になるわけですし さっさとファインマン物理学
真面目に目 通す必要がありますよね。 てか 誰もが進めるすごい本。



大学になって スライドを延々と写していく~  みたいな講義が増えました。

小学校から基本的に 先生が壇上に立ったとしたならば
板書を写して それを必死になって復習すれば 割とテストでいい点が取れたもの。
……でも 大学になったならば そんな生ぬるい世界ではないことはわかります。

大学は自分から学ぶものを捕まえていかないとどうにもならないことくらいは。

……それでも さすがにスライドに延々と写して授業を進めていく方針が
絶望的なまでにしっくりこないものもあるとボクは思います。 数学とか。

まぁ スライドにすることで 教授の手間も減るのかもしれませんがね。
その手間を省くためにスライドを作るのはいいのですが テキストを
そのままスキャンして取り込んだ画面を表示して それに向かって
延々とつぶやき続ける講義ってどうなのでしょうか。 本気で思います。

一応 テキストに書いてある数式を映し出してレーザーポインタ使って
つぶやき続けるだけなのだったら おそらく 予習の段階で行けるでしょう。

多分 そのテキストに書かれている式に至るまでの証明とか
途中式とかの補足のための板書――もしくは その辺を記述した
スライドを制作したりして その説明をするのが一番なのではないでしょうか。

しかも 基本テキスト見ればそれがそのまま書いてあるということで
なかなかノートも取りにくい。 →読んでいないのにやってきますよ睡魔さん。

そのおかげなのかはわかりませんが その授業においては振り返ってみると
かなりの確率で轟沈している人を見受けることができます。 仕方ないよね。

……まぁ 基本的に「高校の二の舞は踏みたくない」の一心でまじめに授業を!!
――って 後期も相変わらず意気込んでいるボクでも 容赦なく
意識狩られますからね。 ……なんか さすがに授業の意図が見いだせないわけで。

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